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No.16 野球用竹複合バットの開発

木製バットに匹敵する打撃特性へ

2015年3月6日

【今回のキーワード/竹複合バット】

プロ野球などで使われる正規のバットは1本の木から作られたものという用具規則がありますが、コスト面や将来に亘るバット材の確保が課題となっています。 そこで、社会人や大学野球で使える、あるいは練習用バットとして、竹を原料とするバットが作られています。 まず竹板を貼り合わせて角材をつくり、それをバットの形状に削って作られたバットです。 安定供給できる竹を使うことでコストが抑えられることに加え、堅くて折れにくい耐久性がメリットとして挙げられます。 富山県の生活工学研究所では、芯材に強靭な木を使うことで、従来の木製バットに非常に近い特性を持つ竹複合バットの開発に取り組んでいます。

富山県工業技術センター 溝口さんと浦上さん

富山県工業技術センター 溝口さんと浦上さん

富山県南砺市にある生活工学研究所は、公設試として国内で唯一スポーツ工学に取り組んでいます。 そんな一見ユニークな研究が行われている経緯は、昔からスポーツ用品の一大産地であるという地域環境によるところが大きいようです。 今回はバット開発をはじめとするスポーツ用具の研究を行っている製品科学課長の溝口正人さんと主任研究員の浦上晃さんにお話を伺いました。 私たちが取材に訪れた研究室時には、野球の球を高速で打ち出す機械やゴルフスイングができる機械など、ほかでは見かけない興味深い機械がズラリと並んでいます。 また、取材の机の上に用意してもらったのは、有名プロ野球選手が使っていたというバット。これは面白い話が聞けそうですよ。

Q1生活工学研究所は公設試で国内唯一のスポーツ工学の研究拠点とのことですが、スポーツ工学を研究するようになった背景はどんなことでしょう?

(溝口)

富山県工業技術センターは創立が大正2年ですから、一昨年で100周年を迎え、全国的にもやや早い時期に設立された公設試です。 そのうち生活工学研究所はもともと繊維分野の研究が中心でした。富山県西部は繊維の産地として有名ですからね。 ですが平成9年に旧庁舎の老朽化に伴い現在の地に移転してから、スポーツ工学や人間工学という分野にも研究範囲を広げました。 南砺地域はスポーツ用品の製造が盛んであるという環境をふまえてのことです。この地域では昭和中期まではスキーや卓球台などの木製スポーツ用品が数多く作られていました。

ゴルフクラブ用のスイングロボット

ゴルフクラブ用のスイングロボット

なかでも、プロ野球などで使われる木製バットは昭和初期に生産が始まり、現在も全国シェアが5割くらいを占める国内最大の産地として知られています。 大手ブランドのバットは、実はかなりの割合が富山県の下請け工場で作られているのです。 それから、同じ打撃用具としてはゴルフクラブのメーカーも県内に5社あり、スポーツウェアの国内大手メーカーのひとつも近くに生産拠点があります。 そういったスポーツ用品企業の依頼試験や開発支援に応えるべく、研究所の移転を契機にスポーツ用具関連の試験設備を整えてきました。 スポーツ分野に関する依頼試験や技術相談は非常に多く、富山県内の企業のみならず全国各地からも依頼があり、1年間に200件ぐらいの対応をしています。

Q2スポーツ用品の試験って具体的にはどんなことをするのですか?

(溝口)

たとえばゴルフなら、『スイングロボット』や『エアキャノン』という装置を使ってクラブの打撃性能や耐久試験を行っています。 これは人間のスイングと同じようにボールを打つ動作を行って、反発性能や耐久強度を検証するのです。野球やソフトボールのバットの場合も同様の試験を行います。 木製はすぐ折れてしまうので、どちらかというと消耗品というイメージがありますね。プロ野球の選手は1人あたり年間100本ぐらい使うそうですよ。

バット反発性評価装置を操作する溝口さんと浦上さん

バット反発性評価装置を操作する溝口さんと浦上さん

バットに関しては専用の『バット反発性評価装置』を使って、反発性能を正確に測ることができます。これはアメリカ製で、現在国内に3台だけしかない大変珍しい装置です。 近年、日本ソフトボール協会(JSA)などが反発規制を設けるようになりました。飛びすぎるバットは打球速度が大きく、野手や観客に危険なケースが増加したためです。 そこで、反発指数が基準値以内のバットに対しては国内の安全基準であるSGマーク適合を認定しているのですが、これは当所の試験装置で反発指数を測定した数値をもとにJSAが認定しているのです。 このように国内外のスポーツ関連団体から測定依頼や相談を受けることも多いですね。

Q3溝口さんはどういう経緯でこの研究を始められたのですか?

(溝口)

この研究所を移転して建て直すときに、当時の所長に『君はスポーツが好きだったよね』と言われて(笑)。私が大学時代にゴルフ部だったことで、白羽の矢が立ったようです。 最初は公設試でそんなことをやってもいいんですか?というような半信半疑の感じだったのですけど、どうせやるなら本県にしかできない面白いことをやろうと背中を押されてスポーツ工学の分野に足を踏み入れることにしました。 それ以来、すっかりスポーツの試験研究にどっぷりと浸かってしまいました。野球はもともとあまり見なかったのですけど、バットの研究をするようになってからは、どの選手がどのようなバットを使っているのか興味津々で見るようになりました。

Q4そして今日ここには、有名なプロ野球選手が使用していたバットを用意していただきました。よく見ると大きさや形が少しずつ違うのですね。

(溝口)

はい、プロ野球では選手の好みによりバットの長さや重さをはじめ、打撃部やグリップの太さ、グリップエンドの形、全体のバランスやヘッドの効き方などの細かなこだわりがあるので、 選手により仕様が微妙に異なります。そして、バットを見ながらこの選手がどんなバッティングスタイルを目指しているのかなあとか、そういうのが想像できて面白いですね。 プロのオーダーに応えるバットを提供するために、昔は職人さんが経験と技術で少しずつ調整していたのですが、最近は熟練技術の伝承への対応が課題になっています。 そこで当所と南砺市のバットメーカーである(株)ロンウッドさんとの共同研究により、バットの形状をレーザー測定器で正確に検出できる専用装置を開発しました。 これにより、プロ野球選手が使用しているバット形状をデータベースとして構築し、NC自動旋削加工によりドンピシャの形状で同じバットを製造できるようになったのです。 これにより加工精度が均一化され、作業時間も従来の熟練職人の1/3に短縮できました。現在では、プロ選手の50人以上がNC自動加工のバットを使って活躍しています。

バット形状測定装置の外観接

バット形状測定装置の外観接

Q5県内のバット工場でも技術が飛躍的に進んでいるのですね。

(溝口)

ええ、ところが近年このバットの素材に関して状況が変わってきました。20年くらい前まではプロ野球選手のバットの素材はほとんどが国内産のアオダモという木から作られていました。 昔は日本中でとれた木だそうなのですが、現在は枯渇してほとんど無くなってしまいました。その代替素材として今はメイプル(楓)製になっています。 これは主に北米から輸入したものが使用されています。

  • プロ野球で使用される木製バット

    プロ野球で使用される木製バット

Q6そこで開発されたのが『竹複合バット』ですね。

(溝口)

今までは北米産のメイプルが順調に安く輸入できているんですが、将来は円相場の変動がどうなるか、あるいはアメリカなどの環境保護政策が今度どうなるかによって将来安定的に輸入できるかどうか不透明感があります。 プロ野球のバットは一本の木から削り出す規則になっているのですが、アマチュアの社会人野球や大学生の選手は試合や練習用で合板バットを使ってもいいので、 割高なメイプル使わずにいいバットを提供できないかということで、ロンウッドさんと共同で竹複合バットを開発しています。 これは、強度の大きな芯材の周囲に竹の合板を貼りあわせて作るバットで、重さも調整しやすいですし、品質も天然の木に比べて安定しやすいのが特徴です。 今回の竹複合バットの母材となる孟宗竹は、成木まで50年~80年を要する天然木に比べて4~5年で使える大きさにまで育ちますし、中国には広大な竹林があるほか、 赤道を中心に世界中に広く分布している植物なので、安く豊富に手に入ります。意外ですがアメリカには生息していないのですけどね。

竹複合バットのグリップの様子(種類の違う木材が複合化されている)

竹複合バットのグリップの様子(種類の違う木材が複合化されている)

Q7こちらで開発された竹複合バットの特徴を教えて下さい。

(浦上)

実は竹合板バットはこれまでも作られていましたが、竹は曲げ剛性が小さく打撃時にしなるため反発性が劣るとか、芯を外すと手に響くとか、昔は接着方法が悪くて層間剥離して裂けてしまうといった短所がありました。 これらを克服するため、芯材に強い天然木を入れて竹で周囲を構成しようと考えました。そこでいろんな木材を検討した結果、ヒッコリーがいいのではという結論になりました。

ヒッコリーは比重が大きいのですが、非常に強くて粘りのある素材で、昔からハンマーの柄やドラムスティックに使われています。 考案した竹複合バットは、芯部にこのヒッコリーを配置した断面構造になっています。 さらにこの改良版として、打撃感触を改良するために、ヒッコリーの上下にさらにメイプルの端材を挟み込み、打球感を木製バットに近づけようという試みも行いました。

  • 竹複合バットの構造(一例)

    竹複合バットの構造(一例)

Q8この竹複合バットは南砺市にあるバット製造メーカーの(株)ロンウッドさんとの共同で開発され、日本と中国で特許を取得されています。その目的は?

(浦上)

いつかメイプルが使えなくなるかもしれないという状況で、社会人や大学リーグの野球選手に性能の良いバットを安く提供してあげたいというのが根底にあります。

一方で、この技術が一般的に知られるようになると、他国でも真似されて安く品質の劣るものが広がってしまう懸念があります。 品質が悪いバットは反発性が小さいうえ、折れやすいことから危険も伴います。 特許として権利を確保することで、品質のしっかりしたものが作られるようこちらで管理することができると考えています。

  • 甲子園でのひとこま

Q9昔から竹を使ったバットというのはあった状況の中で、今回の申請が新しい特許技術として認められた決め手はどんなところでしょう?

(浦上)

確かに昔から竹とほかの素材を貼りあわせたバットというのはあったのですが、その特性が検証されていなかったのです。 私たちは今回申請の際にいろいろな効果が実証された技術データを付けたんです。

試作した竹複合バットの強度や性能を検証するために、曲げ試験や衝撃試験などの物性試験のほか、反発性能や耐衝撃強度を調べるためのボール衝突試験を行いました。 その結果、従来の竹バットの弱点が強化材の複合化により改善され、木製バットに匹敵する打撃特性を有していることが確認されました。それが決め手だと思いますね。

Q10ここのいろいろな試験装置が活躍したのですね。ところで申請に関しては知財相談窓口なども使われたのでしょうか?

(浦上)

海外出願に関しては、TONIO(富山県新世紀産業機構)の地域中小企業外国出願支援事業を利用しました。 また、知的所有権センターは今も次の特許を申請する相談のために頻繁に通っていますね。

Q11溝口さんと浦上さんは金沢大学と共同研究でホッケーのスティックも開発し、特許出願中とのこと。そちらはどういう研究なのでしょう?

(浦上)

ホッケーのプロ選手が日本人で一人だけいまして、ヨーロッパのプロリーグで活躍しています。 彼は富山県小矢部市出身なのですが、現地のシーズンオフに帰国したときに当所を訪れて、『新しいスティックを作れないかという夢を持っているんですけど』と相談されたのがきっかけなんです。 もともとホッケーのスティックは木だったのですが今はFRPになって設計の自由度が高くなり、バランスとか重心とかいろいろ改善の余地がありそうだと考えました。 これは用具設計から取り組む必要があるということで、金沢大学のスポーツ科学の先生にも相談に行って、学生さんも巻き込んで具体的な研究を行っています。

  • 開発したプロホッケー選手用スティックの性能試験

    開発したプロホッケー選手用スティックの性能試験

この研究では攻守両面の性能を併せ持つスティックの開発を目標として、現状の問題点を改善するために新たな形状を考案しました。 現状ではボールを操作する先端部では打撃性能に劣るため、一流選手は低い姿勢で横打ちをして反発性の高いシャフト部分で打っていることから、身体的な負担が大きいことがわかったのです。 そこで新しいスティックではスイートエリアをヘッド側に移動させ、先端部での打撃が有効になるよう改良しました。 さらに、右手保持部も円形で細くしたことで長軸周りにも回転しやすくなり、ドリブルなどのボール操作性にも優れたものになりました。

溝口さんと浦上さんはそのほかにもヘッドスピードと飛距離を検出して表示するトレーニング用ゴルフクラブなど、いろいろなスポーツの分野で開発を行っていますね。

これらの技術で今後も日本のスポーツ全体のレベルが上がることが期待できそうですね。

取材後記

スポーツ用品の開発って、市場は決して大きくはないかもしれませんが、日々テレビなどで観戦して身近に感じる人が多い分野です。 今回は特に富山県の木製バット産業が、プロ野球やメジャーリーグで活躍する日本人野球選手の活躍を支えているという非常に興味深いお話を聞くことができました。 実際にプロの選手もここに来て測定することがよくあるのだそうですよ。 溝口さんたちの研究開発が、今後も日本のスポーツ全体のレベルアップにつながり、世界で活躍する日本人選手を生み出すかもしれません。 今後はそういうことに思いを馳せながらスポーツ観戦をしてみれば、ちょっと見方が変わるかもしれませんね。

ワンポイント情報

富山県の南砺市福光地域は、全国のバット生産の約4割を占める一大生産地です。 現在も多くのプロ野球選手が使用する木製バットが、福光の工場から生み出されており、「福光のバット」の名声を堅持しています。 長さや太さ重さなど、選手一人ひとりに合わせて寸分の狂いもなく丁寧に作られる木製バットは、多くの選手から大きな信頼を得ています。

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