2014年11月26日
【今回のキーワード/超音波フェーズアレイ測位システム】
無人搬送車の走行経路上に複数の超音波ランドマーカーを設置。 搬送車に搭載したソナーシステムとランドマーカーとの間で超音波ID情報の相互通信を行い、ランドマーカーを順々に測位しながら走行する新しいシステム。 超音波送信素子アレイによるフェーズドアレイ技術と、超音波ID情報の相互通信を同時に使用することは、空気中超音波の計測技術において初めての試みです。

岐阜県情報技術研究所 田畑さんと遠藤さん
今回訪問したのは岐阜県各務原市のテクノプラザ内にある、岐阜県情報技術研究所です。 ここではものづくり分野を中心に、情報・メカトロ技術の研究開発を行い、地域産業の振興を支援しています。 メカトロ研究部の専門研究員である田畑克彦さんは、工場内無人搬送車や移動ロボットなどに使われる超音波測位システムを研究しているとのこと。 今回開発した技術はどんな特徴を持ち、実用化の目処はどうなのか? メカトロ研究部部長の遠藤善道さんにも同席してもらいお話を伺ってきました。
Q1そもそもこの研究を始めたきっかけは?
(田畑)
2008年頃に、各務原市役所の人と一緒に市内の企業を回って、どういった技術を開発したらいいかというニーズの調査をしたんです。 そのときに、簡単に経路を設定できるような自動走行システムを設計できないかというニーズがあることがわかりました。 ロボットや無人搬送車でも同じようなニーズが出てきたんです。それが研究の始まりですね。 2010年度には産業技術総合研究所の地域産業活性化事業に採択されて、この一連のシステムを初めて作りました。 これの原型ですね。それで見通しができたので、23年度から25年度までの県の事業として研究を行いました。
開発した超音波測位システム
◆左:ソナーシステム
◆右:ランドマーカー
Q2この技術は無人搬送車の位置計測を超音波で行うものだとか。従来無人搬送車はどういうシステムだったのですか?
(田畑)
無人搬送車というのは工場内で部品などを搬送する機械ですが、人件費のコストダウンなどを目的に普及が進んでいます。 現在は磁気テープに沿って走るシステムがもっとも普及していますね。 ところが現在多品種小ロット生産という方向性が求められていて、ラインの経路が頻繁に変わってしまうなどのときに、簡単に経路を変えられるシステムが必要となります。 そうするには磁気テープよりもっと良いシステムがあるのではという模索がされているのです。 最近ではレーザーレンジセンサーを使用した装置が開発されていますが、実際にはかなり高価なシステム(100万円以上)となり、日本ではあまり売れていない状況のようです。 欧米などのすごく広い工場なら採算があうかもしれませんが、中小規模の工場が多い日本では普及していないということです。 安価で容易に走行経路を変更できるシステムということで、超音波に目をつけました。経路を走行するためには自分の位置を把握する必要があります。 その位置把握のために使うのが超音波です。

超音波センサー素子
Q3具体的にはどういった仕組みで位置を把握するのですか?
(田畑)
複数の『超音波ランドマーカー』という目印を、経路に沿って置きます。そして無人搬送車に『超音波ソナーシステム』を乗せます。マーカーの位置をセンシングして、位置を割り出すんですね。 割り出す方法としては、ランドマーカーそれぞれにIDというか固有の記号を付けておきまして、それぞれのIDの信号を飛ばします。 そうするとランドマーカーはそれぞれ自分のIDの超音波が来たときに応答するのです。
(遠藤)
信号を送ってから応答が帰ってくるまでの時間で距離がわかるのと、受信側に付けた左右の受信素子に届く時間差で方位がわかるんです。

超音波ナビゲーションシステム全体図
Q4人間の耳と同じ仕組みなんですね。超音波にはどういうメリットとデメリットがあるのでしょう?
(田畑)
超音波はレーザーなどに比べてスピードが遅いということがひとつのポイントです。処理が遅くてもある程度計測できてしまうので、案外安いシステムで済むんですね。 また、屋内で電波が飛び交っている環境でも使えるというメリットがあります(電波と干渉しない)し、電磁波を使えない病院など電波が使えないところでも使用できるんですよ。 一方デメリットとしては、超音波自体は空気中で減衰してしまうので、あまり遠くまで飛びません。計測距離というのが課題でした。一般的には距離2mぐらいしか測れないんです。
Q5そこでこの研究では、従来より精度よく長距離まで側位できるシステムを開発されたとか。
(田畑)
今回の開発ではフェーズドアレイ技術というのが使われています。3×3列、9個の超音波スピーカーを超音波ソナーシステムに設置します。 それぞれから出る超音波が重なりあって、ある特定の方向に強い超音波を発生させることができます。これによって超音波を従来より遠くまで飛ばすのと同時に、精度も改善できます。
(遠藤)
それぞれのスピーカーから出る超音波のタイミングを少しずつずらすことによって、強い超音波を作り出して、なおかつ進む方向を変えることができます。 レーザーなら首を振る仕組みを機械的に作ってやらなくてはいけませんが、こちらは超音波の出し方を変えるだけで実現できますので、コストも上がらないというメリットがありますね。 機械的な装備が少なく構造がシンプルな分、部品の取り替えや故障対応のコストも抑えられ、様々な環境に導入しやすい形状と言えるでしょう。

超音波測位システムによる見守りロボットの誘導
Q6遠くまで飛ばすことができるというのは、従来の2mと比べてどれくらい長くなるんでしょうか?
(田畑)
目標値ですが、測位距離では5m以上となります。実際の工場でも5mくらい間隔で実用化できそうですね。これは磁気テープ方式と同じくらいのコストで設置できるのです。
(遠藤)
超音波での情報通信とフェーズドアレイを同時に使うというのが初めての技術となりますね。
Q7研究を行っていく中では、どんなところに苦労がありましたか?
(遠藤)
超音波は壁や床に反射しますので、思わぬところにマーカーがあると思ったり、距離を間違えたりすることがあります。それを調整していくことに苦労しました。 プログラムを改良して、実験を繰り返してようやく実用的なレベルまで修正ができましたね。
(田畑)
超音波を出す間隔を調整したり、地道な実験を繰り返し誤差を生み出す要因をひとつずつつぶしていきました。それで3年かかったのです。 その位置把握のために使うのが超音波です。
研究に取り組む田畑研究員
Q8この研究に関しては田畑さんは論文を3本提出し、東京農工大から博士号を授与されましたね。それほど画期的な技術ということですが、特許をとろうということはなかったのでしょうか?
(遠藤)
岐阜県情報技術研究所のスタンスとして、研究の成果を広く企業に知ってもらい、実際に使ってもらうことを重視しています。商品化につなげていくことが最優先ということですね。 岐阜県の要綱でも、開発した技術の使用者が見つかり、具体的な事業化の見通しが立ったものから優先的に特許を出願するということになっています。 この技術に関しては超音波の技術もフェーズドアレイの技術も、それぞれ単体では新しい技術というわけではありません。 2つを組み合わせたこの技術も、公知の事実として発表しておりますので、特にこれから特許を出願するという予定はありません。 ただ今後、企業との共同研究の中で、新たにほかの技術と組み合わせて実用化したいという話が具体的に出てきたときに、特許を出願するということも考えられます。 岐阜県情報技術研究所には、先ほど申し上げた誤差を少なくして精度を高めるというノウハウが蓄積されています。 使ってみたいという企業さんは、是非第一任者である田畑に相談していただければと思います。
Q9なるほど、より広く使われたいというのが岐阜県情報技術研究所のスタンスなのですね。最後に今後の展開としてはどうお考えですか?
(遠藤)
やはり今評価して頂いている企業や、共同研究を行っている企業によって実用化されることが大きな目標ですね。
(田畑)
現在無人搬送車に関しては単体で走らせる実験になるのですが、今後は複数の車を走らせることができるようなことも研究していきます。

超音波測位システムによる測位結
実際にこの技術が工場で生かされて実用化されることが期待できそうです。ありがとうございました。
取材後記
県内の企業のニーズをしっかり把握し、これまで超音波計測のデメリットとして存在した計測距離を克服した工夫。さらに実験を繰り返して誤差を修正していったという地道な努力は、独創的な発明に匹敵する素晴らしい研究だと思います。 なにより地域企業の役に立ちたいという岐阜県情報研究所のスタンスが伝わってきました。実際製品化されて工場内でこのシステムを搭載した無人搬送車が走る時代が来るのも近いのではないでしょうか。 この研究所では企業の技術支援のため、勉強会や講習会も積極的に開催しているそうです。企業の悩みを頼れる研究員に相談できそうですね。
ワンポイント情報
「日本再興戦略」では、2020年にロボット市場を製造分野で現在の2倍、そして非製造分野で20倍に拡大する、という目標を掲げています。 また、政府では、「ロボットによる新たな産業革命」の実現に向け、有識者からなる「ロボット革命実現会議」を設置しました。 本年9月11日には第1回会合を官邸にて開催し、年内を目途に技術開発や規制改革、標準化等、具体策を盛り込んだ「5ヵ年計画」を策定することとしています。 METI Journal 10・11月号でも紹介しております。
METI Journal
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