一般社団法人下呂温泉観光協会・株式会社水明館
東日本大震災を契機に地域が団結、データ活用によるプロモーションを開始
日本三名泉の一つに数えられる下呂温泉では、古くから温泉を中心に自然あふれる地域資源が豊富な地域だが、東日本大震災の発生により観光客が激減した。この未曾有の事態に対し、下呂市は同市の旅館組合、商工会、観光施設、市内観光協会等の役割分担を明確化し、各団体の情報共有、マーケティングにおける連携強化を図った。これまでの「勘・経験・思い入れ」に頼る計画作りから、「客観的データに基づく現状把握」による取り組みが始まった。
宿泊データのみならずWEBサイト閲覧データ、GPSによるユーザ行動データ、公式アプリ会員データ等を駆使し、年代、性別、地域別・国別のアクセス件数、行動経路や移動手段に至るまで詳細なデータ分析に基づくプロモーション戦略を立てており、WEB広告と従来のアナログ的なチラシの両方を効果的に組み合わせて運用している。また、結果についての効果検証を行い、データの分析精度を高め、利用者が満足する成果を創出している。
これらの取組が成果を生み、東日本大震災からのV字回復以降、様々な逆風を乗り越え、日本経済全体が停滞したコロナ禍においても、宿泊者数は2019年対比で約85%回復している。また、2020年3月には全国的に前年比7割減に対して、当地の宿泊者数は3割程度にとどめた。

スモールサクセスとボトムアップが地域振興の鍵
下呂温泉観光協会の強みの一つとして、地域の独自データを集計した「宿泊データ分析システム」がある。地域の宿泊施設から宿泊者数や年代、性別、消費額等をデータで収集し、容易にエリア分析や自社分析ができることから、下呂地域の観光戦略に活用するだけでなく、各宿泊施設が宿泊プラン等を検討する際の材料としても利用できるツールとなっている。
しかしながら、もともと下呂市では、地域の宿泊施設を対象に宿泊調査を行っており、データを収集する土壌はあったものの、宿泊施設からは観光協会へ営業情報を提供することに抵抗感を示されたり、そもそも紙の台帳しかない小規模な施設では、デジタル化に手間がかかったりと、協力を得るには一筋縄ではいかなかった。
そこで、まずは最低限必要なデータの提供をお願いするところから始め、収集したデータがどのようにプロモーションにつながっているか、繰り返し丁寧な報告を続けた。観光客数の増加が実感できると、各施設のモチベーションも上がり協力者は増加し、データも拡充され、需要予測や他地域との比較等へと発展し可能性が広がっている。
また、宿泊施設だけでなく、市内の商工事業者に対しても観光客の増加は地域経済に波及効果を及ぼすことを解説し、商工会と連携した名物商品開発や経営発達支援計画に基づく経営力の底上げ支援等も展開している。
いきなり全部はできないが、時間を掛けてスモールサクセスを積み重ね、ボトムアップ型で地域に主体性を生むことが好循環となり、地域全体の合意形成による活性化につながっている。
地域のデータを活用したDX戦略の策定
下呂地域全体でのDXの取組は、データを提供する宿泊施設のDX推進にも効果を発揮している。
264客室を所有する大型旅館「水明館」では、マーケティング部が経験に基づいて戦略を打ち出していたところ、「宿泊データ分析システム」で宿泊者のクロス分析も行えるようになり、エビデンスが確保できるようになった。例えば、分析の結果を基に平日はシニア層向けの専用の宿泊プランを増やすことで安定的な集客につなげたり、冬花火のイベントには男女のグループ旅行が増えている傾向を把握し、効果的な広告を打ち出し閑散期に集客率を高めることに成功したりと、地域のデータを自社の戦略策定に役立てることで、経験値に頼っていた従来型経営に変革を起こしている。

カイゼンによるサービスの現場の変革
最近の観光トレンドは団体客から個人客中心に推移しており、さらにコロナ禍により部屋食の希望が高まっている等、顧客ニーズは多様化している。他方、宿泊施設は労働集約型で、おもてなしの文化がいつの間にか不効率の原因となっていた。
そこで、水明館では、トヨタ生産方式に基づくカイゼン手法を導入し、料理から客室清掃、施設管理、購買に至るまで、日常業務をデータ化し、これまで当たり前と思っていたサービスの提供方法について、顧客サービスの質を保ちつつ無駄を排除する取り組みを続けている。
これまでは、予約情報や食事の時間等の顧客情報を紙に記載し、各部門で集計した情報を関係部門に展開、各部門でそれぞれ紙やホワイトボードに転記、当日の飲み物の注文等は従業員が館内を走り回っていた。カイゼンにより、基幹システムに現場からの情報を一元化し、各部門が顧客情報をリアルタイムで一覧できるよう改修、無駄が減りスリムになった現場同士をデータで繋ぐことで顧客サービスの対応も早くなった。その他にも、食材の調達方法や裏方業務のシフトの組み方に至るまで館内の各所で徐々に広がっており、現状の人員や設備を維持しつつ、増収・増益につなげている。取引先との連携も試行を始めており、今後は、下呂地域におけるサプライチェーンでのDXにまで広がっていくことが期待される。
担当後記
温泉という地域資源を生かし、小規模宿泊施設から商工業者にいたるまで、観光協会が中心となり丁寧なサポートを施しながら地域全体を巻き込み、地域の力で集めたデータを地域の企業自らが戦略策定に活かしている好事例である。