株式会社大野ナイフ製作所
分業制から全工程内製化の転換によって生産管理が重要に
関市の地場産業である刃物産業の特徴として、分業制の採用があり、工程の8割を外注していた。低価格競争から脱却し、海外富裕層向けの高級刃物生産に踏み切ったことで、海外から注文が殺到するようになったが、紙での管理では需要期に集中する受注や急な生産計画の変更に対応できず、納期遅れも発生していた。高い品質を保ちながら安定供給を果たすことが求められるようになった。
しかし、職人の高齢化や景気後退により事業承継が進まず、廃業する外注先が増え、また外注先の固定による職人の技術レベル停滞も課題であった。富裕層向けの高級刃物製造に方向転換したこともあり、20年前より工程の内製化に着手し、5年前に100以上ある全工程で達成した 。
工程数が増加する中、高品質と安定供給を両立させるためには、変革が必要になり、5年前に職人技を必要としない工程の自動化、ロボットの導入、IoT活用に踏み切った 。
コア技術となるMES(製造実行システム)の導入
多品種少量、かつ100以上の工程の自動化と見える化には工夫と試行錯誤が必要であった。実際の工場内にある手動設備も含め新旧様々な機械設備からどのような方法でデータを取得するのか、収集できたとしてもいかに生産管理システムと紐づけられるかなど、工程の種類が多くあるが故の課題も多くあった。
そこで、ベンダーとの協働により「MES(製造実行システム)」を導入しIoTシステムを製造ラインに構成。手作業はタブレットから、古い設備はクランプ信号から、その他PLC(プログラマブルロジックコントローラ)からのデータを収集し、取得されたデータの管理から、得られたデータを分析するなどデータに基づく生産指示などをすることで100の工程の最適化を図った 。
MESの導入は工場全体の生産自動化だけにとどまらない効果も生まれた。以前は、不良品が発生すると原因や担当者を紙に記入し、事務所で1ヶ月に一度まとめてシステムに入力していたため、原因分析をするにもタイムラグが発生していた。現場の作業状況も可視化されておらず、責任者が作業者に聞いて回り、各工程が会議で報告しあっていた。
また、BIツール(ビジネスインテリジェンスツール)を導入し、生産データが見える化されたことで、責任者が進捗状況をリアルタイムで把握できるようになり、作業者のフォローがしやすく、先々の生産計画も踏まえながら適切な人員配置を検討できるようになった。不良品発生原因や他作業者の状況もモニターで共有されるため、作業者内で改善につながる会話が繰り広げられる変化も生まれた。
その社内インフラと生産現場、作業員との融合を実現したのが、6名で構成された「IoT推進チーム」である。

「現場とデジタルの両面に強い」IoT推進チーム
生産技術部内に設置されたIoT推進チームでは、集めたデータを現場の実情にあわせてどう活用すればよいかベンダーに提案できる、「現場とデジタルの両面に強い人材」の育成を目指し、現場への丁寧なヒアリングまで重ねながらシステムを構築している。現場とのコミュニケーションが密になることで、新たなアイデアが現場から寄せられるようになり、ツールカイゼンにつながっている。
具体例を挙げると、以前は、設備が自動停止するとスマートフォンに通知が届くようになっていたが、工場内の騒音で気づきにくいという意見が寄せられたため、ウェアラブル端末の振動で知らせる仕様に変更した。指示書もQRコードで読み込んでいたところ、作業者が一目で内容を把握できないことから、電子ペーパータグを導入した 。
また、手作業工程については生産数をカウントするためのボタン導入を検討したが、作業者の動作が増えるため、おもりで自動的に生産数と良品率を計測する方式を採用した。
現場ファーストの姿勢を大事にしており、ツール導入が作業者の負担にならない配慮が最大限に施されている 。

「関の刃物」を次の時代へ
経営者として、担い手が減っている地場産業だからこそ変革を恐れてはいけないと考えており、関の地に代々受け継がれてきた刀鍛冶の伝統技術、大野ナイフ100年の間受け継がれてきた刃物製造技術に甘んじることなくデジタルツールやロボットの導入に積極的に取り組んでいる。
他方で、すべての工程を自動化している訳ではない。「ロボットが80、人の手が20」という割合で、ロボットに任せてしまうのではなく、刃先や柄の微細な研磨など丁寧な職人技が必要な工程は今までどおり人の手の良さを継承していく。人手不足が社会課題化する現在にあって、関の地で長年培われた職人の手でしかできない、アナログであり高度な刃物生産技術という伝統技能を伝承し続けるとともに、先端テクノロジーの融合を図ることによって「関の刃物」を次の時代へ繋いでいくことを目指している 。
担当後記
伝統技術に甘んじることなく、地場産業の存続に向けて、現場とデジタルの両面に強い「IoT推進チーム」が中心となって、伝統技術と先端テクノロジーの融合による変革を実現した好事例である。