株式会社オーテック
激変する事業環境により迫られたDX
同社は高い製品精度とコスト競争力を武器とした金属加工、とりわけ冷間鍛造と切削加工により自動車のエンジン、排気系、足回り、燃料タンクに使われる金属製部品を中心に供給している。操業から60年以上に渡り常に最先端の技術開発に挑戦してきた。高い技術力で業界を支えてきた同社だが、コロナ禍や半導体をはじめとした原材料の不足などの影響を大きく受けた。これまでに直面したことのない生産変動やコミュニケーションの制限によるエンゲージメントの低下などを乗り越えるべく、小川部長を筆頭にデジタル化を進めた。
IoT機器を活用したカイゼン活動
前述のとおり、コロナ禍以降、半導体等原材料不足の影響などもあり生産量の変動が大きく、より適切な稼働体制を検討するために生産能力の正確な把握と急な増産にも対応できるよう生産性向上が求められることとなった。そのため同社ではIoT機器を導入し生産能力の正確な把握による適切な稼働体制の検討とデータに基づくカイゼン活動を行った。これにより人員や設備を追加せずに増産に対応することができた。
IoT機器を導入したことによって生産設備の稼働状況がデータによって把握できた。停止が多い設備では約60%停止していることがわかり、さらに細かなデータで要因を分析すると、紙で記録していた時には記載することすらしなかった、細かな業務ロスを発見することができた。
例えば、一定の間隔で数分稼働が止まる傾向をデータで発見した。現場を録画して確認すると、作業位置から材料の投入口を視認でないため材料の残量が把握できず、定期的に材料切れを起こしていたことが原因と判明した。解決策として材料が一定量以下になったタイミングでパトライトが点灯する仕組みを導入した結果、稼働率が2%ほどあがっただけでなく、材料の追加を余裕もって行うことができるようになり作業者の安全性も向上した。このようなカイゼンの積み重ねによって、10~30%ほど生産性が向上した。
また、3ヶ月ごとにテーマを設定してカイゼン活動を実施ししているが、カイゼン案の提案や進捗報告をする際には、必ずIoT機器から得られたデータと紐付けて実施するようにしている。データを活用する文化が醸成されていることで、現場から新たに取得すべきデータが提案されるようになってきた。
DXが高めるエンゲージメントとデータ化
社内のエンゲージメントの低下もDXに取り組むきっかけだった。コロナ禍による社内のコミュニケーション量の減少と生産数の低下が同時に生じ、当時は社内全体から活気が失われていた。
このような状況を打開するために、2022年から新たなコミュニケーションツールとして社内SNSアプリを導入した。これまでは口頭で一部の職員同士でしか発生しなかったコミュケーションの輪が社内全体に広がり、活気を取り戻した。また、このシステムはコミュニケーションツール(チャット機能)の他に各種手続きやワークフローを電子化するプラットフォームであったが、「エンゲージメント経営プラットフォーム」という名称としてエンゲージメントの向上を主目的と位置づけた。こうした発信の仕方が「新しいシステムで業務が複雑になるのではないか」という心理障壁を下げて気軽に使ってもらえるきっかけになっている。また、システムの導入が社内の事務処理を見直す機会にもなった。煩雑だった社内申請手続きが改善され、約60種類あった様式が1/3になり、紙の使用量は72%削減された。また、業務日報やフロー、マニュアルが電子上で共有されることにより業務の属人化が解消され、手続きの電子化により事務コストの削減にも繋がった。しかし、一番の成果は社内の業務フローやコミュニケーションの履歴がデータ化され蓄積される仕組みが完成したことである。
生成AIが可能にしたデータ活用
同社では生成AIを活用してデータから新たな価値を創出している。「エンゲージメント経営プラットフォーム」上の業務連絡やマニュアルなどのデータを生成AIに学習させ、業務フローや日報のデータをもとに引き継ぎ資料を出力するなど業務の効率化や属人化の解消を実現している。分析をすることを前提としていないデータを活用することは、これまでは専門的なスキルが必要で非常に高いハードルであった。今後は、生成AIを活用して生産設備や生産管理システムのデータについても連係させることで、一層の効率化や価値創出を目指す。
こうした経験を通じて、同社はより多くの中小企業製造業がデータ活用にチャレンジする環境が必要だと感じ、大規模言モデル(LLM)の開発を進めている。今は、自社独自のものであるが今後は主に製造業に向けて展開できるようにパッケージ化し、DXの最初のステップである電子化・デジタル化で困っているような企業に活用してもらいたいと考えている。
スモールスタートからはじめることの重要性
DXが進まない企業の課題の一つには、製造機械と異なりデジタルツールへの投資は、何年で利益化するのか分かりにくい点が挙げられる。そのため、担当者から見れば経営層への説明が難しいし、経営層からすれば投資への踏ん切りがつかないといったケースに陥ってしまう。このような課題がある中、小川部長はスモールスタートが重要だと説く。小川部長は1台のタブレットに無料で活用できるデジタルツールを入れるところから取組を始めた。ほとんど費用をかけずにデジタルツールを導入することで、業務が効率化されることを示し、社内の理解を得た。現場が気にもとめなかったところからカイゼンされることも多い。スモールスタートをすることで、導入する前には想像もしなかった成果が得られると、一気にDXの機運は高まる。
また、これまでは各種データの取り扱いが難しかったが、生成AIの登場によってデータ活用に要求されるスキルレベルが下がりつつある。専門人材が不足している中小企業には追い風となる状況なので、デジタルツールを導入して終わりにするのではなく、データ活用を見据えたビジョンと仕組みを経営層が考え、DXを推進しなければならない。
支援機関コメント(公益財団法人あいち産業振興機構)
無料のツールを「まずは使ってみる」から始めて、効果が出たら次のステップに進むを繰り返すことは、DXを成功させる上で非常に大切なポイントです。
また、ツールを導入するだけでは使わない人も出てくるので、導入に合わせて社内の事務処理を変更することで、利用者が便利になる環境を作ったことも成功要因の1つだと思われます。