株式会社伊藤製作所
客先不良ゼロを目指すDX
同社は金型設計からプレス加工まで一貫して行うメーカーとして、長い歴史の中で醸成された卓越した技術と品質を武器に自動車部品を中心とした製品を製造している。客先不良ゼロを目指して品質向上活動を継続的に行っているが、紙での現場の記録が残っていない場合があり異常の原因を正確に特定できない状態であった。この状況を打開すべく2015年からデジタル化に着手し、デジタル技術を用いて生産現場の状況を可視化し異常の内容を突き止める取り組みから始めた。
人材育成でひろがるデジタル化
前述の異常記録と稼働状況を電子的に管理するためにPRMS(Press Remote Monitoring System)を導入した。このシステムはプレス機に取り付けている既存のミス検出装置、カス上がり検出装置から得られるデータをデータベースへ蓄積するとともに、リアルタイムで確認することができるというものである。導入によって異常が起きた際の停止時間、要因を分析できるようになった。異常の件数や原因が見える化されたことによってチョコ停が56%削減され、現場の効率化につながった。
PRMSは社内で独自に開発したシステムである。開発当初は外部のシステム導入も検討したが、システム対象機の数が多く一台あたりのコストに制限があること、システムの設計変更に素早く対応する必要があること、既存システムとの互換性などの要因を加味して社内でゼロから開発することに決めた。同社ではDX専門の部署があるわけではなく、技術部のメンバーがデジタル関係の取組を行っている。本システムは外部の専門家からプログラミングを学びながら、技術部の若手社員を中心に開発が行われた。
全社的にDXを進めるために人材育成にも力を入れている。職業能力開発促進センターの出前講座を定期的に利用しており、AIやIoTを中心としたデジタルリテラシーの教育を行っている。講座の内容は若手従業員向けと管理職向けに分かれており、それぞれの立場で必要となってくる知識や考え方を学ぶ環境ができている。同社では年に2回、従業員が現場の改善案について意見を出し合う機会がある。このような取り組みが、社内のデジタルリテラシーの向上につながっている。現場の従業員がデジタルを用いて何ができるのかイメージすることで、デジタル教育を始める前までは改善案はアナログのものが多くを占めていたが、現在では半数ほどがデジタル技術を用いた改善案となった。現場での課題に対してデジタルを含めた柔軟な解決策を提示できるようになり、人材育成をきっかけにそれぞれの部門からデジタル化が広まっている。

データ分析・活用で目指す製品の品質向上
超高硬度の素材をプレス加工する際は材料の硬度によってパンチが欠けることが多い。パンチが欠けてしまうと、欠けたままの形状を転写してしまい不良品が出てしまうという問題があった。パンチの寿命を予測し破損する前に新たなものに交換できるようなシステムがあれば、顧客課題である不良の低減、製品の品質確保につながるのではないかと考え研究を始めた。最初は生産設備のデータを収集するためにセンサーの設置を行った。材料の表面温度、パンチの刃先の温度やパンチの荷重等6種類のデータをセンサーによって収集し、加えて超高速度カメラを設置しプレス機や金型の挙動を撮影しセンサーから収集したデータが実際の挙動と合致するかの確認を行った。このようにして収集したデータを常時監視するためにプレス加工センシングシステムを構築した。このシステムを用いることで各種センサーから得られたデータをクラウド上で管理しデータ分析をすることが可能となった。
センサーからリアルタイムで得られる温度や荷重の条件とパンチの寿命について重回帰分析を行いパンチの寿命予測に活用している。今後はさらに予測の精度を向上させ、パンチが破損する前に交換を行うことで不良の低減を目指す。また、高い品質基準をクリアした製品を安定的に供給するため、生産中に測定したデータを金型にフィードバックし自動寸法修正を行うことのできるシステムの開発を目指している。実現することで顧客課題を解決し、同社の提供価値向上に繋がる。

自社の技術力をデジタルで未来へ繋ぐ
取引先から新規製品を受注した際に過去の設計図面や金型を参考にすることがあるが、同社のように歴史ある企業の場合に該当の図面や金型を探す作業が非常に煩雑になってしまう。このような状況を踏まえて、デジタルツインの金型データベースの作成を進めている。CAE(Computer Aided Engineering)を用いて金型の材料特性や3D形状についてデジタル上で再現し、実物と比較を行い調整していく。最終的に完成したデジタルツインの金型はデータベースに保管される。金型の中でも特に高難度のものを中心にデータベースへの保管を進めており、同社の中に蓄積されている技術力を未来に繋げる取り組みともいえる。また、デジタルツインの技術を用いてトラブル事例の検証も行っている。取引先との製品トラブルがあった際はデジタル上で製品の変形やズレのシミュレーションを行い、原因を究明する一助となっている。

担当後記
人材育成によって全社的に取り組める環境をつくり、様々な角度から製品のさらなる品質向上に向けて取り組んでいる好事例。