株式会社樋口製作所
逆境からDXで企業価値創出へ
同社は金型の設計から金属加工、部品の製造までを一貫して行うとともに、高い技術力を必要とする絞り加工を強みとして自動車産業を支えるサプライヤーとしての地位を確立してきた。 しかし2017年、主要取引先であった安全部品を生産するメーカーがリコール、同社も多大な影響を受けることになる。また、自動車業界は100年に1度の変革期と言われる中で、将来的な事業継続とものづくりの付加価値に対する危機感を強く抱いていた。 そこで、事業を継続するにあたり、同社の強みである金属加工の付加価値を高め、「お客様に満足していただける会社づくり」を目標に据えてDXによる企業価値の創出を決意した。
製造現場とデジタル技術をつなぐ「ブリッジエンジニア」
2018年、社内のDXを進めるにあたり、まずは生産技術部のメンバーが簡単なダッシュボードを作成。当初は単純に作業を「見える化」することで生産効率が向上するのではないかと考え開発したものの、現場で使われることはなかった。現場での課題と解決策がつながっていないことが原因であった。
ここで原点に立ち返り、現場の困りごとを丁寧に聞いて回り、製造現場で真に必要とされているものは何かを考えるところから始めた。システムやアプリを作るたびに現場の作業員に試してもらい、改善点や問題点を洗い出すことを繰り返すことで現場への導入を進めた。この小さな成功が現場の理解を生み、デジタルツールが社内に浸透。現在ではデジタル技術で改善すべき課題やテーマが社内各部署からあがってくるほど組織文化に大きな変化が現れている。
これらの取組をリードしたのは、製造現場とデジタル技術を横断的につなぐ役割を担う「ブリッジエンジニア」4名で組成したプロジェクトチームであり、現在の社内DXの推進役となっている。ブリッジエンジニアの持つ、デジタル技術を活用した現場のソリューション提案力こそが、同社のDXの原動力となっている。

社内プラットフォームの作成
ブリッジエンジニアにより組成されたチームは製造工程の見える化だけでなく、社内で収集された生産データの利活用に大きく貢献した。受注から出荷までの情報を社内全体で共有できるプラットフォームを構築し、日々の生産設備の稼働率や停止要因を電子データとして収集、生産ラインの改善や、保守部門とクラウド連携し適切なタイミングで金型のメンテナンスを実施することで機械トラブルを未然に防ぐなど、品質の維持向上を実現している。
また、取引先のリコール経験から、加工された部品ひとつひとつにQRコードを付与し管理することでトレーサビリティを管理。生産管理システムとの連携により、対象ロットや生産条件などの製品の情報を記録することで、製品一個単位で追跡が可能となり、不良ロットを最小限に抑えつつ問題点を特定することができるようになった。
さらに、設備稼働時において、材料や金型、作業者、設備の点検状況が適切であるか否かを判断できるシステムを開発。作業者の適否の判断には、独自のeラーニングシステムである「ヒグトレ」の受講状況及びテストの合否と照合し、作業に対して適切な技能が備わっているのかを自動判断するなど、社内人材育成と製造ラインとも結びつけている。
この結果、売り上げが増加する中、ミスや不具合が3年間で40%減と大きく削減されるなど、コストダウンや、生産性、品質の向上に寄与している。

デジタル活用によるものづくり技術の伝承
同社は、遅々として進まず大きな課題となっていた技術継承に関する社員教育にもデジタル技術を活用している。本来ものづくりにおけるノウハウは、熟練者が無意識に使っているが故に言語化・形式知化するのが難しい。ある時、若手に不具合の対応策を教えていたところ、このノウハウが会社で共有されなければまた同じ失敗をするとの意見が出た。その言葉をきっかけに、ものづくりのノウハウの次世代への継承と、より短期間での教育やスキル向上を目的とした「AI技術伝承システム」の開発を目指すこととなった。過去の不具合に対する原因とその対応策等の熟練の技術やノウハウ、経験を数値化し、AIにひとつひとつ学習させる作業を繰り返すことで同システムを開発。金型設計の際に3Dモデルをアップロードすることで、熟練者であれば、経験で分かる設計上の弱点やどの箇所をどの程度金型を削っていくのかなどの思考が見て取れるというものである。
経験の浅いエンジニアはこのシステムから出力される最適解を元に効率よく学び、業務を円滑化できる。熟練エンジニアにとっては教育に時間を割くのではなく、新工法の開発や難度の高い発注への対応など本来のクリエイティブな業務に従事することで、新たなビジネス展開や企業価値向上につながっている。
こうしたデジタル化は海外展開や人手不足など様々な環境下においても多様な人材のポートフォリオ戦略を実現する。コア技術である金型技術と生産技術、デジタル技術に加え人材戦略が融合した全社を挙げたDX構想によりさらなる企業価値の創造を目指す。

担当後記
現場との対話による改善や製造ラインと人材育成とのリンケージ、職人技術の継承など、DXをツールとして現場力の高度化を実現する好事例である