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サポイン好事例

環境対応型非鉄金属鋳造技術に関する研究開発

株式会社明石合銅

規制の流れを読み、鉛を使わない新たな摺動材を模索

自社の技術向上、国内の産業界の底上げのためにサポインを利用

建設機械向け油圧ポンプの部品として使われるシリンダブロックやバルブプレート。これらの部品には、高い強度と優れた摺動特性が必要とされる。明石合銅では、鉄系母材に鉛青銅を接合させたバイメタルタイプの油圧部品で高いシェアを有している。鉛青銅は、銅80%、錫10%、鉛10%から作られた金属。鉛は、摺動部品にとって必要な潤滑性や耐摩耗性、加工性を向上させるのに加え、安いというメリットを持ち、現在の銅合金摺動部材の主添加元素となっている。
鉛は人体に悪影響を及ぼす有害物質であるため、飲料水への鉛の溶出基準は厳しく規制されている。そのため、給水金具に使用される銅合金では既に鉛フリー化が進んでいる。近い将来、産業機械や建設機械などの摺動部材にも規制の対象が拡大すると思われ、各国各社で研究が進められたが、鉛入りのものと同等またはそれ以上の性能を持つ鉛フリー銅合金の開発には至っていない。
そこで、産業機械や建設機械の油圧部品を製造している明石合銅が、起死回生の思いでサポインを利用し、開発を行うことにした。「正直、当時はゴールを描ききれていませんでした」と話すのは、同社・明石巌会長。日本非鉄金属鋳物協会の会長で、日本の鋳物業界を背負っている立場から、自社ではなく協会として開発を行った。自社の競争力強化はもちろん、国内の産業界の底上げのため、ともに切磋琢磨していきたいという思いがあったからだ。さらに、売れるものを開発するために、オブザーバーとしてお客様であるコマツに協力を仰いだ。
パーライト組織を持つ次世代型・青銅合金の発見

研究の中心になった明石隆史常務は、「周期表でいうと、鉛の隣にはBi(ビスマス)がある。鉛に近い性質であるBiを使えば、置き替えられるのではないかという予測のもと、研究を始めましたが、そう簡単なことではありませんでした」と、当時を振り返る。なんといっても、レアメタルであるBiは価格が高い。単なる置き替えではなく、なんとか別の方法はないものか…試験をすべてやり直し、400種類以上のサンプルを作成し、試験を実施したものの、答えは出ない。2か月に1度行われていた会議は、回を重ねるごとに発言がなくなっていく。どこへ向かっていったらいいのか迷いはじめていた頃、工業試験場の研究室から吉報が入った。合金元素を複合添加することによって、金属組織の中に「硬い層」と「柔らかい層」の層状組織を作り出すことに成功したのだ。
「今までとは全く違う発想、ブレークスルーです。教授自身に、鉄の組織に似ているパーライト組織について知見があったのも功を奏しました」と隆史さん。層状共析組織が出現した青銅合金は、鉛を使用していなくても、それに匹敵する高い耐摩耗性と耐焼付性を示した。かくして新摺動材「パーライトブロンズ」は、環境配慮のための代替材料として、きわめて有効であると結論付けられたのである。
海外市場へ向けて準備万端!他分野での展開にも期待

サポイン終了後も、実機での検証など継続して開発を発展させる必要性から、自社に専任の技術開発課を設置。パーライトブロンズを鉄系材料と複合化させて、油圧ポンプ用シリンダブロックを試作し、国内外含め6社に販売した。「各国で行われている見本市や展示会でも反応がいい。スイスとアメリカに営業担当を配置して、欧米を中心に営業活動を進めています」と隆史常務。規制が現実になりそうな時期だからこそ、川下企業からの引き合いも多い。特に、環境規制の厳しい欧州での需要に対応し、ヨーロッパ諸国、アメリカ、韓国などで特許を取得(インド、中国は申請中)、規制への動きにも着々と備えている。
ちなみに、鉛入り青銅は自動車分野でもターボチャージャ部品に使われているため、今後規制が広がれば、この鉛フリー青銅が力を発揮する場面も増えるはず。この流れは、各分野の機械部品にも大きく広がることだろう。
事業化&マッチング成功のポイント
●ユーザーに受け入れられる「テーマの決定」が重要
目の前に「規制」の流れがあったからこそ挑戦した。減少する鋳物メーカー存続のためには、他所にない開発が生き残りの鍵となる。常に世の中の動きを見つめることが必要だ。
●事業化へ向けたビジョンが必要
企業にとって大切なのは、研究開発のその後。事業化をゴールとし、そこに至るビジョンを描けるかどうかが重要だ。どこに需要があるのか世界規模で読み解く必要がある。
活用のためのアドバイス

常務 明石隆史さん
サポインの期間は3年でしたが、申請から承認が下りるまでに時間がかかり、初年度は4か月しかありませんでした。その4か月もほとんど設備等の発注で終わり。実質、2年しかない中での研究でしたが、『追い込まれてこそ、知恵が出る』という言葉もありますしね。逆に時間がないから、結果を貪欲に求めていったんだと思います。
予算の面では、3年間のトータルではなく1年ごとに予算計上しなければならないのが難しい部分でした。実際やってみないと想定できない事態が起こり、そのための研究や試験が増え、必要なものも、その都度変わっていきました。もちろん、自社での持ち出しもありましたよ。先が見えている中での研究なら、それらについて想定しやすかったかもしれませんが…。さらに、サポインだけでは完全な研究が終了するわけではないので、せっかく得た研究の成果を事業化まで持っていく熱意と資金は持っておかなければならないでしょう。
協会を管理団体にして、大学、川下企業とともに研究を行ったというのは、理想形ではないかと思います。しかし、グループ研究の場合、その研究にかける思いの差が進行のスピードを遅くすることもあります。ですから、大きく広げすぎるよりも、限られた人数で行ったほうが小回りが利いて動きやすいと思います。
紹介動画

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